初夏の風が心地よく吹き抜ける、晴天の午後——ここ「蛍の里」 。
白柴のどっけん(♀)は、こ綺麗な青い服を着せられて散歩の真っ最中だった 。
飼い主の大蛇山がどこからか買ってきた服だ。
大蛇山はセンスの欠片もない癖に、「俺は右脳派だから芸術家気質なのよ」などとほざいている。
(お前は黙ってご飯だけだしときゃいいんだよ)
パッと見は社交的で賢そうに見えるどっけんだが、心の中ではあきらかに飼い主を馬鹿にしていた。
そして、その事実に気づいていないのは飼い主の大蛇山だけという悲しい現実。
「——いやぁ、どっけんさんじゃないですか。いい天気ですねぇ」
そこへ、草むらからヌッと間抜けな顔を突き出してきたのは、みすぼらしい風貌をした犬だった。
「またお前かよ……」
最近この村にフラフラと辿り着いた居候犬のナイスガイ権兵衛(♂)だ。
道で大蛇山と出会って妙に意気投合したらしく、何処の誰かもわからないという理由で「ナイスガイ権兵衛」と命名された経緯を持つ。
大蛇山いわく「性格が良さそうだからナイスガイ」らしいが、どっけんから見ればただのノー天気だけが取り柄の犬だ。
この調子で、ちゃっかりBOSSの飼い主さんにも気に入られたのだろう。
今では当たり前のようにBOSSの家に居候し、ご飯まで毎食食べさせてもらっている。
さすがはナイスガイ、世渡りの上手さだけは本物だった。
どっけんはうんざりしながらも、美味しい空気と爽やかな風を楽しみながら歩を進めた。
途中、迫力のある大型犬——この村の飼い犬達のリーダーであるBOSS(♂)の家の前を通る。
権兵衛はBOSSの姿を見るや否や、すっ飛んで駆け寄り、尻尾を振りながら二言三言言葉を交わしていた。
どうせいつものご機嫌取りだろう。
が、BOSSの家が遠ざかった瞬間、権兵衛はすっと真顔に戻る。
「BOSSはまた飼い主さんに怒られてしょげてましたよ、ホントしょうがないなぁ~、わっはっはっ!」
そんなくだらない話を続けながら、村の境界付近までやってきた時だった。
どっけんは突如、その場にピタリと足を止める。
「あ、あれは……っ!?」
美しい白猫が、こちらへ歩み寄ってくる。
艶やかな和柄の着物を粋にまとい、前足で日傘をそっと支えて。
そして彼女のすぐ傍らでは、まるで大女優をエスコートするかのように、一匹の美しい青い蝶がひらひらと妖しく舞っていた。
野良猫一座の大スター——猫目雅子だ!
その圧倒的な美しさとオーラを前に、どっけんと権兵衛は完全に言葉を失う。
(なんという美しさ。あれが、噂に聞く大スターの猫目雅子か)
隣を見ると、権兵衛は完全に固まっている。
さっきまで大口を叩いていた面影は微塵もない。
雅子は間抜けな顔をした犬二頭に気づくと、クスッと可憐に笑みをこぼした。
「こんにちは。いいお天気ですね」
「こ、こ、こんにちは……!」
どっけんは、緊張のあまり裏返った声を返すのが精一杯だった。
雅子がそのまま、何事もなかったかのように通り過ぎようとした、その時。
「あの台詞を聞かせていただけませんでしょうか!?」
硬直していたはずの権兵衛が、突然、大声を発した。
「うわー馬鹿たれ!」
慌てて無礼を詫びようとする、どっけん。
雅子はすっと足を止めると、ゆっくりと振り返った。
ぱっちりとした美しい瞳が、射抜くように犬たちを捉える。
そして、大スターの極上のオーラを背負いながら、あの伝説の名台詞を言い放った。
「なめたらいかんぜよ!」
まさかのファンサービス。
ガタガタと震えを刻むどっけんと権兵衛。
二頭はその場で立ち上がると、前足を激しく打ち鳴らし、盛大なスタンディングオベーションを贈る。
パチパチパチパチパチパチィィッッ~~!
この静かな里に、平和ボケした犬二頭による熱烈な拍手喝采が、10分間ほど虚しく響き渡ったという。
「生きててよかったなぁ……(涙)」
深い余韻を胸に抱きながら、どっけんと権兵衛はゆっくりと帰路に就いた。
里山はいつもの、のどかで穏やかな静寂を取り戻していく。
日が西の山へと静かに沈み、鮮やかな茜色はやがて深い藍色へと溶けていった。
夜の帳(とばり)が里山をすっぽりと包み込む頃には、二頭はそれぞれの家へと帰り着いていた。
そして夜、BOSS宅にて——。
縁側にどっさりと寝そべっていたBOSSは、ふと目の前にある自分の食器に視線を落とし、不思議そうに首をかしげた。
そこにあるはずの山盛りの夜ご飯が、一粒残らず綺麗に消え去っているのだ。
静まり返った家の中に、あまりにも情けない困惑の声がポツリと漏れ、夜風に乗って外へと流れていった。
「……あれ? 俺のご飯がないんだが? なんで……?」
居候の権兵衛が、じとっと疑いのこもった目で語りかけてきた。
「自分で食べちゃったんじゃないですか?」
BOSSは何か気付いたように、大きな体を跳ね上がらせる。
「さては、お前食ったな?」
「ち、ち、違いますよ!」
「お前じゃない証拠はあんのか?」
「そんな無茶な~」
——そんな小競り合いを見つめながら。
BOSSの家の軒下、月明かりも届かない真っ暗な闇の奥で、少しポッチャリ系に見える影が、ふっと不敵にニヤリと笑った。
(第一章第一話「白柴の散歩路と大スター」・了)



