序章
初夏の夜風が竹林を揺らし、ざわわと葉鳴りの音が山肌を滑る。
澄んだ小川のせせらぎに寄り添うように、淡い光の粒がふわり、ふわりと宙を舞い始めた。
山の斜面にぽつり、ぽつりと灯り始める、橙色の窓明かり。
家と家の間には豊かな畑や雑木林が横たわり、隣人の話し声すら届かない。
だが、風に乗って微かに漂う夕餉の匂いや、風呂を沸かす薪の煙が、この小さな里山に穏やかな息遣いを与えていた。
季節になれば無数の蛍が闇を優しく彩る「蛍の里」。
やがて、家々の明かりが一つ、また一つと消え、里山が深い静寂に沈む頃に——。
チリン……。
どこかの縁側で鳴った風鈴の余韻が夜の空気に溶け、遠くの森でフクロウが低く啼く。
まるでそれが合図であるかのように、明滅する蛍の光に混じって、裏山へと続く獣道に怪しげな灯りが揺れる。
提灯の赤い光に照らし出されたのは、着物の裾を翻し、二本足で歩く、しなやかな影。
美しい蛍舞うこの地で、夜の舞台に怪しげな影を揺らす「野良猫一座」の物語が、今、静かに幕を開けようとしていた。