今日も暖かな昼下がりだ。
どっけんとナイスガイの権兵衛は、野良猫一座の動向を探るべく、棚田のあぜ道を散歩していた。
「この村の治安を乱すやつは許さん!悪あがきっずとやらを連れてこい!」
今朝、BOSSが、個人的な恨みを村の治安問題にすり替えて、権兵衛に命令を下したらしい。
「野良猫一座の仕業だろうとは思ってたが、やはりか……」
などと、目を泳がせながらほざいていたという。
「まったく、平和な男ですよ。犬なのに嗅覚がないんじゃないですかねぇ」
(お前もな)
とは言え、そんなに簡単に一座が見つかるとは思えない。
探しているふりだけでいいんじゃね?と、どっけんは思っている。
この時はまだ、後にあれほどの抗争へ発展するとは、想像すらしていなかったのだ。
「しかし、野良猫一座って旅役者だよな?猫目雅子さんもあんないい人だし、ホントに悪いことやってんのか?」
「まぁころん坊さんが言うんだからやってるんでしょうね」
「おや?あれは……」
やる気のない二頭の視線の先、あぜ道の陽だまりで無防備に日向ぼっこをしている二つの影があった。
一つは飛脚の半纏を羽織った黒猫。
そしてもう一つは、その傍らでぽかぽかと丸くなっている、小さな子猫だった。
なんという予定調和。
呆れた物語だ。
「話の流れ的に、黒猫のやまとだろう」
しかし、やまとと思しき猫の傍らにいる、あの小さな丸っこい子猫は誰だろう。
ピンクの着物に、頭には可愛らしいリボン。
野良猫一座の雰囲気とは、あまりにもかけ離れている。
「か、可愛いぃぃ……」
その愛らしさに、10秒ほど立ち尽くす、平和ボケが抜けない犬二頭だった。
黒猫のやまとは、どっけんたちの視線に気づくと、身を翻して子猫の前に立ち塞がった。
「お前たちは、飼い犬軍団の中でも有名な、確か……」
警戒しているのだろうが、何故か顔は弛緩している。
「ゆ、有名?ま、まぁそうなりますよねぇ。わっはっはっ!」
有名といわれ、ご機嫌になる権兵衛。
「ところで、お前は黒猫のやまとだよな?」
どっけんは問う。
「あぁそうだ、見つかっちまったようだな」
野良猫一座のお届け係、黒猫のやまと。
この眼光の鋭さよ。
「ここで会ったが百年目、教えてもらいますよ!野良猫一座はいったい何を企んでるんですか!」
権兵衛がいきなり本題に切り込む。
珍しく強気だ、もしかして相手が猫だとこれがデフォルト?
すると、やまとは突然、深く頭を下げた。
「すまん、今日だけ……今日だけは一座の話は無しにしてくれねぇか」
「ちょいと虫が良すぎるんじゃあねぇですかい?」
権兵衛の言葉は、明らかにやまとの影響を受けている。
「頼む。娘には、俺が一座の一員とは知られたくねぇんだ」
やまとはもう一度頭を下げて、幼い子猫を見た。
「たんごっていうんだ、可愛いだろ? 一座には悪い噂が付きまとっているからよ、娘には何も知らないまま、ただ幸せに育ってほしいんだ」
「頼む!この通りだ!代わりに少しだけ一座のことを話すんでそれで許してくれねぇか」
「たんごを守ってやれるのは俺だけだ。母親は掟に従って島流しの刑にあっちまった」
「掟?」
島流しとは、穏やかではない。
「一座には座長が取り決めた掟がある。そのひとつが『一度(ひとたび)契りを交わしたる猫は、他の異性に想い染めるべからず』」
やまとは苦しそうな表情を見せて、黙り込んだ。
「やまと、お前の女房は……」
どっけんは、そこまで言って絶句する。
一座の長である者が、そんな掟を?
「勘違いするなよ。座長も……本当は可哀そうな人なんだ……」
どっけんが考えていることを察知したのか、やまとはぽつりと呟いた。
飼い犬軍団は基本的に苦しみなどと無縁だ。
BOSSはしょっちゅう飼い主さんに怒られてしょげているが、その程度だ。
どっけんは初めて、野良猫一座が抱える深い闇に触れた気がした。
「……食い逃げの常習犯、悪あがきっずについて教えてくれるか?」
どっけんは、それ以上踏み込まぬよう、ころん坊から聞いた『一座のやんちゃ組』について話題を変えた。
実際、今の村の被害はこれだけだ。
「つい最近発足した、一座の小中学生で構成されたふざけたガキどもの集まりだ。だが舐めねぇ方が良いかもな。ガキどもはなんてこたぁねぇが、裏で操ってるヤツがいるってぇ話だぜ」
つまらなそうな顔をして、やまとは答えた。
「操ってる?そいつぁ誰ですかい」
権兵衛が聞く。
「知らねぇ。何かきな臭ぇがな。もういいか?あいつを連れて帰る時間だ」
たんごが少し離れた場所で、無邪気にモンシロチョウを追いかけていた。
その背中を愛おしそうに見つめている。
やまとの悲しい過去を知った、どっけんと権兵衛。
(違う世界なら、お前と仲良くなれたのかもな)
そう思う二頭だった。
やまとに呼ばれ、たんごが近づいて来る。
パッチリとした目に、愛嬌のある顔立ち、確実に女房に似たのだろう。
「たんごちゃん、可愛いねぇぇ。頭を撫でてあげようね」
この不憫な家族の境遇を思い、どっけんと権兵衛は優しく手を伸ばしかけた。
「汚ねぇ手で娘に触ってんじゃねぇぞっっ!!」
さすがは親バカ、やまとの迫力は本物だった。
「えぇ……」
さっき、少しだけ分かり合えたと思ったのは何だったのか。
のどかな棚田を後に、手をつないで帰っていく黒猫の親子。
「たんご、あいつらは有名な『三馬鹿トリオ』の中の二人だからな、頭の悪さがうつっちゃうから気を付けろよ。わっはっはっはっ!」
今度会ったら、必ず娘にお前の正体をバラしてやる。
そう誓う二頭は涙ぐんでいた。
(第一章第三話「野良猫一座のお届け係と、明かされた掟」・了)